IE9ピン留め

TequilaBancho's Blog

ひさしぶりにブログを再開。

Twtter上で垂れ流しになっているままでももったいないなぁと思うので、
久々にブログを再開させてみようと思う。

昔ほどはお酒も飲まなくなってしまったし、
家族ができて外食する機会も減ったので、
内容自体は広告関連のことや、
子育ての方向によるかも知れませんが、
ひとつよろしくおねがいします。
# by hammocker | 2011-01-04 03:37 | できごと

くろ酒場薩摩の思い出。

待ちに待った給料日を迎えた。
自分へのご褒美と彼女への感謝ということで、
田町の「くろ酒場薩摩」へ向かう。
先日7月第一週をもって5周年。
僕が通い始めて5年。月日が経つのは早い。

ここの松本店長と永倉板長なくして、
今の自分はないと言い切れるほど頭のあがらないお店だ。
徹夜続きで心も体も疲れきってどうしようもなくなった時、
ふらりとサク飯を食いにいっても
「ほら、特製にぎりめしにぎってやったから、
夜中に腹へったら食いな。冷や汁の元が種になってるから、
朝にお茶かければ、また旨いから」
なんてことをしてもらった日には冗談じゃなく涙が出た。

松本さんは僕にとっては兄貴分で、
「男はよぅ。 35に一人前の仕事してなきゃかっこわるいぞ。
だから今しか頑張れないだから、死ぬほど頑張れ。遊びは後で教えてやっから」
という励まし方をする人で、これもこれでうれしくて涙が出そうになったものだ。

今はチェコに行ってしまった無二の親友ツジケンとも夜な夜な午前集合で、
永倉とっつあんや松本兄貴に恋愛や仕事の悩みを聞いてもらったものだ。

そういうお店だからこそ、
数年ぶりに弟がアメリカから帰国すると聞けば
「よし。まずは薩摩に行かなくちゃな」ということになる。

5周年記念の一週間は、
例年通り蟹一杯1000円の出血大サービスをやっていた。
薩摩で飲むと決めたら、何があっても開店同時に駆け込むのがいい。
なにしろ最近はいつ行っても満席で半分以上は常連さんだったりするから、
いいネタが売り切れるのが早いのだ。
だから弟と彼女さんと僕の三人で誰もいないカウンターのいちばん端っこを占拠。
ここからは永倉さんの手先が見える位置なので、
見ているだけで涎が垂れて(落語の話じゃないのだが)
何も食わなくても酒が進んでしまう席なのだ。

松本さんに「弟に自慢の旨いもんを死ぬほど食わせてやってください」と注文。
だれやめ同盟は適当なのだ。
まず刺身の盛り合わせで、弟の目の色が変わる。
兄弟揃ってバカである。
さらに追い討ちをかけるように鶏の刺し盛り。
レバー刺しは、なんと紅白である。
板長に心の中で感謝しながら、
横を見ると弟は完全に惚けた顔になっていた。

漫画の「へうげもの」に出てくる古田織部の「はにゃぁ」という顔である。
最初は松本さんに「兄弟、ぜんぜん似てねぇな。本当に兄弟か?」などと
突っ込まれていたものの、ここら辺でバレてしまう。

旨いモノ食うと、そっくりなんです、この兄弟。

さらにはブリンブリンの岩ガキ。
弟が「ううむ。これはアメリカの高級オイスターバーを超えている…」
なんて絶句していると「あったりめぇよ」と松本さん。
店の名前は薩摩なのに生まれも育ちも江戸っ子なのがバレバレである。
ただここ数年は阿久根にゾッコンで
「阿久根。うまいネ。」という駄洒落のような黄色いTシャツ着てるけどね。

その後も来るもの来るもの旨い、旨い。さすがとしか言いようがない。
気持ちよく酔って、三人で帰宅。
屋上にのぼって月を見ながらビールで二次会。
いやぁ、俺たち兄弟もこういう歳になったんだなぁ、と少し感激。
男兄弟っていいものです。
# by hammocker | 2007-07-02 12:06 | のむ・たべる

内閣知財戦略本部コンテンツ専門委員会浜野保樹氏発言に想う。

 最近アニメやマンガといったジャンルのコンテンツが海外(特にアメリカ西海岸)から高い評価を受けることが多くなってきた。このブーム自体は、多くの海外ファンが自費を投じて翻訳作業を行ったり草の根的に広がっていったものであり、政府が協力したことなどは一度もない。しかもライオンキング問題に見られるように、手塚作品ですらパクリから守ることもできなかった彼らが、まったくもってピントはずれの発言を繰り返していることに怒りを覚える。

(以下抜粋)

「人気あるコンテンツを切り込み隊長として、日本ブランドを確立して、
産業振興を図るべき」と主張する浜野保樹氏

「ゲームについては、ぼくは異論がある。アニメや漫画は感動をもたらすけれど、ゲームは、お金だけ持っていって、子供の時間奪ってますね。その人生にプラスアルファがない。宮崎さんとか他のアニメ見て、人生変わったという人はいると思います。心ふるえるほどの感動とか、ゲームは若干難しい。
ビジネスとしてはいいかもしれないが、恨みをもたれる。かつてのエコノミックアニマル
のコンテンツ番みたいにね。敬意も払ってくれない」

(以上抜粋)
http://www.sankei.co.jp/culture/enterme/070320/ent070320001.htm

 ゲームがアニメやマンガ以下の表現である。この言葉は、アニメやマンガが映画以下の表現であると言われてきた歴史を知らないで発言しているわけではないと信じたい(天下の東京大学ですから、笑)

 だいたいにして、このような人たちは実際ゲームをとれだけ体験している人なのであろうか。心ふるえる感動をしたことがないとは、よほどひどいゲームばかりをプレイしてきたのか、それとも「ママに禁止されてファミコン買ってもらえなかった」かわいそうな子供だったのか。とにかく、なぜ韓流のきっかけをつくった某ドラマがどう見ても有名なエロゲのパクリだったのか、彼は説明できるだろうか?できないに違いない。

 僕が最も好きなゲームであるスーパーファミコン版「タクティクスオウガ」。僕はこの作品でゲームをプレイしていて初めて泣いた。ユーゴ内戦を髣髴とさせる血を血で洗う民族紛争。日本で放送されるニュースを見ていた僕は、あの戦争の悲惨さをこのゲームで知った。そしてメディアとは何か、報道とは何か、そしてマスコミュニケーションとは何か。今に至る人生の大きな方向を決めるきっかけとなった。

 そもそも日本のマンガは、紙の質の悪さからモノクロ印刷オンリーの表現へとつながった。アニメは、ウォルトディズニーに憧れた少年たちが悲惨なほど少ない予算で作り上げるために、独特の動きの少ない台詞によって内面性を描き出す表現手法がとられるようになった。そしてゲームは8ビットという制限の中で、小さな小さなマス目の中に描いたキャラで、喜怒哀楽を描くというすさまじい職人芸を生んだ。音楽にしてもファミコン音源だけで演奏するYMCKのようなバンドもいるほど、多様な曲を生み出した。
 すべては、足りない何かをアイディアや職人芸で突破してきた文化なのだ。そこへのリスペクトがない人間が、とやかく知った顔でモノを申すのはいかがなものか。(しかもだ!アマゾンには、この人の著作物が何冊も出ている!!!もちろんアニメやマンガについての本だ。内容は読んでみたが、まさにコメント欄についているような価値のないものだった。)

 この人は、日本のゲーム業界で働くすべてに人に謝罪すべきだ。そしてこのような無知な人間が税金の無駄遣いをする前に、このような集まりはすぐにでも解散すべきだ。その昔、小説と言うジャンルの文学はバカの読むものとされていた歴史をまた繰り返す必要はない。



# by hammocker | 2007-04-24 03:16 | 思考テスト

抑止力としての核の力の限界と管理方法について(サンダーバード計画)

 世間は区議会選のようである。毎日のようにいたるところで街宣車が走り回る。マニフェストという言葉だけが先走る空虚な約束を口走っている。まぁ名前と顔が一致しないのは許されるとしても、名前すら聞いたことのない人々。名前を知っているのは、自分が住んでいる渋谷区ではセンター街などのクリーン活動をしている人物のみというお寒い結果。
 だいたいにして世の中にある○○賞というものは、選ぶべき作品がない場合は「各当者なし」である。なぜに定員を毎回選ばなくてはいけないのか、「各当者なし」でいいのではないか。もしくは一定以上の支持を得たものだけが議員になるのが筋というものではないのだろうか。
 元タレントに、呆けた元建築家、ファシスト面の作家崩れ、そしてファシストの顔をしたコメディアンが出揃った都知事選。誰一人として政治や経済一筋で頑張ってきた人間がいないのもどうかと思う。すし屋になるのに、私は美食家ですと言っているようなピントはずれな人間を選ばなくてはいけないというのは苦痛以外のなにものでもない。だからこそ、僕はファシストの顔をしたコメディアンに清き一票を入れた。候補の中では一番真面目に仕事をしてくれそうだったからだ(笑)

 どうも日本では法律というものは政治家(政治屋)がつくるもので経済学者が口を出すものではない、という変な風習がある。経済一流政治三流と海外から揶揄される由縁でもある。明治の政治家は、当時の最先端の経済知識を持ったプロフェッショナルでもあった。多くは実際に自分の手で産業を興し自ら実地の経験をつんだ叩き上げ集団であった。だからこそ揺らぐことのない自信と他人を説得させる思想を持っていた。あの時代にアジアの小国にして列強の植民地にならなかったのは軍隊のおかげではない。あくまでもそれを支える経済力と対等に交渉できる外交力を持ちえたからである。このままでは、日本は再軍備化の流れを進んでしまう。単純で目に見える大衆受けする政策は、必ずしも正しい道ではない。話はそれるが、沈黙の艦隊をご存知だろうか。真の独立を日本が果たすための一手段を描いたマンガである。しかし現実はフィクションの想像力も超え、もはや核は潜水艦という単位ではなく、小型核として個人もしくはテロリストという小集団でさえ扱えるものになった。潜水艦戦の基本は、テロリストと同じゲリラ戦略にあるという点も非常に注目すべき点である。つまり潜在的な抑止力としての核戦力というものは、もはや国家だけが持ちうるものではない。これが現実だ。つまり、いかに再軍備をしようが核を持とうが日本を守ることはできない。それはアメリカという国を見れば明白ではないか。
 このような時代に、日本を守る方法がひとつだけある。それは核というネガティブのシークレットサービスを提供するのではなく、災害救助というポジティブなサービスを提供することである。そう、それは「サンダーバード」と呼ばれている。世界のどの国でもいい、災害が発生した地域に最高の科学技術を搭載したマシーンで乗り込み、人命を救助する。自衛隊という組織を正しい方向に進化させればいい。幸いなことに日本には世界最高のロボット技術もある。さらには日本自身が世界最高危険度の災害多発地帯であることも忘れてはいけない。
 戦車も戦闘機も核も兵隊もイラネー。だってサンダーバードのプラモのほうがかっこいいもん。戦争なんかまっぴらゴメン。軍歌はダサいけど、サンダーバードのテーマだったら子供が歌ってもなんかいいじゃないか(笑)

 最近、アメリカでまた銃によって無差別殺人が起きた。古来武器と言うものは最大の抑止力であって、実際に使用するのはその最後の手段であったはずだ。在米の弟のブログにも書いたが、同時にイラクのニュースを見ていると、まさに「剣によって立つもの、また剣によって滅ぶ」以上でも以下でもないことが良く分かる。被害者にはお気の毒だが、自業自得な感はぬぐえない。

 彼らが言う神から知性を持たせてもらった唯一の動物なのに、それを使わない(使えない?使おうとしない?)のだから、言葉を失ってしまう。よくアメリカは、銃によってつくられた国だから日本とは違う、と物を知ったようなことを言う人が、それは違う。なぜならすべての国家は、暴力によってつくられたからだ。日本は宗教と政治を分離した同じ時代に、廃刀令で暴力と治安をきっぱり分離した。日本人は法と司法のチカラを信じている。つまり人間の知性を信じている。
 しかしアメリカはどうだろうか?司法の前に、私法がある。近代の法学が、まず否定するリンチ(私的な復讐、あだ討ち)という概念を肯定している。これは、驚くべき時代錯誤な思想だ。
 さらに付け加えれば京都議定書を批准してない唯一の大国であり、科学的に正確に定義できないポンドやマイル、華氏を支持し、メートル法によって単位が整備されていない国である。
 アメリカは、知性という意味では大変遅れた国である。まともな国家として100年ほどしか歴史がないだけはある。人間で言うと14歳。チカラだけは一人前だけど、国家としてはまだまだ半人前であると言わざるを得ない。
 自分以外の存在を認めて人間は本当の意味での「自我」に目覚める。国家も自分以外の文化の相違を認めてこそ、初めて大人なのではないだろうか。アメリカには「暴力」という解決方法以外にも「話し合う」という知性を利用した方法があることを学んで欲しい。人間には、他人を信用するという「勇気」が必要であることを知ってほしい。そして「共生」「分け与える」「誰かのために犠牲になる」という今からの世の中に一番必要な価値観を発見して欲しい。世界中の人がそう思っている。
 あえて言おう。銃という個人単位の抑止力を管理できない国が、核という抑止力を管理すべきではない。さらに人類が実現可能な最大のエコは、戦争をしないことである。この壮大なリソースの無駄遣いからみれば、自動車による大気汚染など問題にならないではないか。今こそ、日本は世界に先駆けてサンダーバード計画を発動せよ。人類の知性のあるべき姿を、この世界に指し示す時は、もう(遅いかもしれないが)来ている。さぁ、立てよ国民!!!!

 くらい言ってくれる政治家がいれば一票入れるのにな、と言ってみるテスト。

 
# by hammocker | 2007-04-21 03:34 | 思考テスト

地図帳はじめました。

グーグルのマイマップという新しいサービスを使って、
今までに飲み歩いてきた名店(迷店)の数々をご紹介します。

シモキタ呑み助地図帳

日々の「だれやめ(飲んだくれ)」にご活用ください。
# by hammocker | 2007-04-13 18:14 | できごと

下北沢の終わりと、次に来る時代の香り。

ソーシャルアパートメント。
リビング、ダイニング、シャワールームなどを共有して、
必要最低限のベッドルームだけを借りるというスタイル。
言ってみれば、それはフレンズ的な住み方。




こういうのがもっと早くあったら、
もっと学生生活とか変わってたかもなと思う。
mixiとかgreeとかバーチャルなつながりなんて、
所詮はまぁ日本的なご近所付き合いみたいなもんだけど、
これはもっとズブズブというか、
強制シャッフルというか、
毎日に不確定要素がたくさんあって、
すごく楽しいんだろうなぁと思う。

こういうところから、
映画を作り出すヤツとか、デザインユニットとか、
漫画家と原作化の出会いとか、
新しい文化みたいなものが芽生えたりするんだろうな。

昔は下北沢とか街自体にこういう機能があって、
いつもいく居酒屋にはアイツがいて、
飲んだついでに一緒に銭湯に行って、
そのままあがりこんで朝まで飲んでみたいな生活があった。
その中から、男と男なんだけど切っても切れない絆とかがどんどん生まれて文化みたいなものが育っていった。
だから今のような清潔な下北沢なんて死んでいる。
もはやそういう街が日本にどれくらいあるんだろうと思うと、非常に悲しい気分になる。

でもいつの時代も必要だと思うんですよ。
こういう何かが孵化するような湿度とか、温度とか持った場所って。

ちなみにこの物件を紹介している東京R不動産
実は自分が住んでいる物件もここから借りています。
この会社を起業したのも、実は元うちの会社の人だったり、
何かとご縁のある感じです。
最近は、こちらの方の物件の方に興味津々だったりするのは、ちょっと疲れているから?
# by hammocker | 2007-04-09 02:03 | できごと

最近お気に入りのお店たち。

一店目:『魚菜』さん
下北沢にこんなにうまい店があるとは、正直思っていませんでした。
よく言えば若者の街。悪く言えばガキの街。
しっぽり舌鼓を打ちながら、酒を舐めるようにチビチビできる。
まさかこんな駅前に!というのが最初の感想。

光りモノには、ちと五月蝿いのですが、
ここの鰯は絶品です。
オススメは〆鰯と青森の田酒の組み合わせ。
言葉は出ません。ただ唸ります。
魚が美味い。酒が美味い。
お母さんがまたあったかい。
家でぬか漬けをしていることにえらく感動したらしく、
わざわざ炒ったぬかを頂きました。
いつもすいません!

電話: 03-3795-0577
住所: 東京都世田谷区北沢2-12-13 細沢ビル1階
定休: 年中無休
平日: 16:00 - 23:30
ラストオーダー: (昼) / (最終)23:00
土曜: 16:00 - 23:30
ラストオーダー: (昼) / (最終)23:00
日祝: 16:00 - 23:30
ラストオーダー: (昼) / (最終)23:00

二店目:『場巣亭(ばすてい)』さん
家から歩いて10分くらいのところに、去年の6月に出来た焼き鳥屋。
名前がちょっとアレゲなのですが、
どうも旨い物を出しそうな匂いがプンプンしていると、
うちの彼女が言っておりまして、突撃することに。

まぁ、感動しました。
タン、ハツ、シロ、レバ。出る串出る串、鮮度が違います。
ノドモトとかまで出してもらって大満足。
で驚いたのはタレも旨いんです、ここは。
だからつくねがたまらんのです。

しかもホッピー400円、中200円。
レモンサワー280円。

安い!やばい!とまらない!
確実にやられてしまいます。
完全に二日酔いコースです。
ここは冷静に、自制しないとダメなお店です。

住所 東京都中野区南台4丁目1-5
電話 03-3381-9401

三店目:『和の○寅(わのまるとら)』さん
家の裏、旧玉川上水沿いに桜を見ながら東北沢へ。
またまた美味そうな匂いのする店構え。
刺身の盛り合わせを頼むと、
奥から輪島の中島酒造店さんの白酒を持ってきてくださいました。
もうコロリとフォーリンラブですよ。そんなことしていただいた日には。
甘酒じゃないんですよ。
日本酒より度数は高く、風味も豊かでキリリとしている。
うまーい酒なんです。
しかももんご烏賊の刺身の食感が尋常じゃない。
プリプリとはじけんばかり。
どひゃーえりゃー店を見つけてしまったと思いました。
続いて初鰹が運ばれてきます。
これが!!!
見たことないような立派な初鰹。
今まで食った鰹の中で一番美味い。
まさに「女房を質に入れても初鰹」ですよ。
参りました、とまた白酒をゴクリ。
これは焼き物もさぞかし美味いに違いないと確信。
鯖の塩焼き、頂きました。
これがねぇ、脂のノリもまた上品なんですよ。
何事も、過ぎずのギリギリのラインが一番難しいんじゃないかと。
お父さん、お母さん、僕もこんなものを食べながら酒を飲めるようになりました。
ありがとうございましたと、心の中で叫びましたよ。

帰り道は、はらりはらりと散る夜桜をほろ酔いで眺めつつ。
贅沢とは、こういうものかと思った次第。

電話:   03・3469・5004
住所:   東京都世田谷区北沢3-2-17
営業:   19~26時迄 毎週水曜日定休
サイト:   http://www.marutora.jp/

以上、メモ代わりに。
飲みたいお店があったら、一緒に飲みましょう。
コメント欄でも電話でも。(海外組みは帰国したときね)
# by hammocker | 2007-04-08 05:09 | のむ・たべる

テキーラとSkype。

数年前まで毎晩飲んでいる友人がいた。
下北沢に朝が来て、ゴミの回収鞘が走って来る音が遠くから聞こえてくるまで飲んでいた。
テキーラが好きだった。
ぶっつぶれるまで飲んでいた。
大抵2本。一杯ずつ頼むと高いのでボトルごと買っていた。
間違ってジマドールとメニューに書いてあるヒマドール。
安くて、二日酔いしない良い酒だった。

なぜテキーラを飲むようになったのかは、覚えている。
ベティーブルーという映画で主人公が飲むテキーララピド。
テキーラにシュウェップスを混ぜて、ショットグラスの口を布で塞ぎ、
テーブルに叩きつけて一気に飲む。
その酒を飲んだ酔っ払いっぷりが、あまりにも楽しそうだったからだ。
当時高校一年生。酒屋でオルメカのゴールドとシュウェップスを買ってきて、
早速部屋でこっそり飲んだ。
ひどく不味かった。
当時テキーラにゴールドとシルバーがあることなんて知らなかったし、
なにより酒なんてビールと日本酒と、
親父からくすねたジャックダニエルくらいしか飲んだことがなかった。
だからそのとき買ったテキーラは、ずっと押入れに隠したままだった。

大学に入って、メキシコ人の友人が出来るまで
テキーラのことなんてすっかり忘れていた。
大分仲良くなって、はじめて部屋飲みをした時だ。
キッチンに隠していた一本5万するというテキーラを出してきた時、
正直「勘弁してくれ」と思ったほどだ。
友人は、グラスにゆっくりと液体を注ぎ、蛍光灯にかざして言った。
「これが世界で一番美しい酒だ」と。
舐めるように、飲んだ。
ゆっくりと喉から胃に酒が流れていくのがわかる。
テキーラは胃で飲む酒なのだ、ということを教わった。
食道から酒の香りが鼻に抜けていく。
鼻腔で軽く酔いを覚えた。

二本目のボトルに突入する頃には、
もう建前を言えるほどに脳みそなんて回っていなくて、
逆に部屋がグルグルと回り始めるものだから、
俺たちはいつも本音でしか話をしなかった。
だんだん呂律も回らなくなり、
頭にある言葉をすべて吐き尽くしてしまうまで飲んだ。
そんな日の朝の太陽の光は最高に暖かかったし、
生きているという実感に満ち溢れていた。

時は流れた。
友はチェコに去った。
テキーラの原料、アガベは伝染病で倒れ、
大好きだったヒマドールを作っていた会社は倒産した。
下北沢のバーテンダーは、結婚して仕事をやめた。
もうテキーラを飲むことはない、と思っていた。

最近、Skypeでチェコとテレビ電話をした。
もうすぐ結婚することになるという報告をしておきたかったからだ。
数時間後には、お互いにモニターに向かってビールのジョッキをカチンとならしていた。
やはり持つべきは、こういうバカな友だ。

スピーカーから流れて来る異国の空気。
しかし目の前には、ジョッキを空ける友の姿。
やっていることは十年前のSFみたいなことなのだが、
なんとも壮大な科学技術の無駄遣いだ。
それだけで笑える。

そして、やはり朝が来た。
まさかモニターの前でベロベロになるとは思っていなかったが、
意外に心は晴れていた。

そして二人はこれを「Skype飲み」と名づけることにした。

(追伸)
この話を聞いた薩摩の松本店長は、「クククク、やっぱバカだねぇ」と
目を細めて笑っていました。


# by hammocker | 2007-04-08 04:17 | のむ・たべる

元祖ひつまぶし。

ひつまぶし、というとどうしても仕事柄スタジオで編集中に頼む店屋物の釜飯のイメージが強い。
アレはアレで旨い。しかし出前だから当然ぬるくなってしまっている。
今日は名古屋まで出張。
駅近くにある名物はたいがいすべて食べてしまったので、
少し遠出して熱田神宮の前にある元祖ふつまぶしを食べてみようということになった。

お店の名前は、「あつた蓬莱軒」。
熱田神宮前の店が火曜日定休ということで閉まっていた。
「……。」
言葉も出ないほどのショックからなんとか気力を振り絞って、
ケータイからネットにアクセス。
すると神宮前の店は支店で、しばらく歩いたところに本店があることが判明。
しかも月曜日定休ということで今日は開いている。
「ラッキー!」
まぁ、自分でもあきれるほど単純な人間である。
でも、でもですね。朝から何も食べてないのです。腹が減って幻覚見えそうだったんです。

で、最後の気力を振り絞り本店へ。


なんとも素敵な門構え。店の裏からはうなぎを焼く煙がもうもうと立ち上っています。
いやがおうにも期待が高まります。

高まりすぎた気持ちを、すこしクールダウンするためにまずは鰻づくしの前菜からつまむことに。
まずは、定番鰻の肝焼き。


んー!うまい!ビールが進みます。このお店は、やはり本物。

次は鰻巻き。

中の鰻がしっかり焼いてあり、外の玉子もプルリとしております。うまい!

ささ、次は見慣れない鰻の肝の辛子和え。


残念。外しました。辛子酢味噌和えだったんですね。肝のほのかな生臭さが、酢味噌では消しきれず。逆に甘ったるい感じが途中で飽きてしまう感じ。気を取り直して白焼き。


関東の蒸した鰻とまったく違います。かと言って大阪の鰻とも違う。それは、炭火で丹念に丹念に余分な脂を落とし、うまみを凝縮させ、なおかつカラメルのような甘み。山葵がともに出されない理由はそこにあるのでしょう。タレがついてきますが、つけない方がおいしいように感じました。一度食べてみる価値、大です。本当にうまい!!!鰻は生臭い、などという理由で嫌いな人は、是非食べてみてください。こんなにうまいものを食ってこなかった後悔に駆られるかもしれません。

さて、真打ち。元祖ひつまぶしでございます。
ここでまず、ひつまぶしの正当な食べ方がメニューに載っておりましたので、その紹介から。


一膳目は、そのまま食す。
二膳目は、薬味を乗せて食す。
三膳目は、薬味を乗せて出汁をかけて食す。
四膳目は、ご自由に。
とのこと。


さぁ、一膳目。
ははぁ、これは…。食べたことのない鰻です。白焼きもそうでしたが、外カリカリ中ジューシーとでもいいましょうか。炭火で臭みをそぎ落とし、うまみはさらに濃厚に。ほのかにスモーキーな味わい。非常に芯の強い味わいです。
さらに二膳目。
薬味に負けないんですよ、鰻が。関東風の鰻なら、この食べ方をする意味がない。そう思います。しかし刻み海苔と鰻の脂のうまみの相性。さらに葱や山葵との新しいハーモニーが、相当楽しい味わいをもたらします。そのことでご飯も決して脇役ではなく、欠かせない存在に昇華されています。これは、ちょっと驚きました。
で、本命三膳目。
出汁をかけていただきます。しかし、先ほどに受けた衝撃ほどの感動はありませんでした。たしかに旨いのです。が、出汁につかった鰻はせっかくの外カリカリ中ジューシーが少しぼやけてしまうのです。個性を保ちつつ全体的に機能している芸術的なブラジルサッカーが二膳目だとしたら、三の膳は組織的なヨーロピアンサッカーのようです。完全に好みだと思いますが、個人的には躍動感のある二の膳方式で四膳目をいただきました。

ふぅ…。食いましたね。
これほどの満足感と至福感は久しぶりです。
名古屋に行ったら、是非元祖ひつまぶしを召し上がってください。

(この内の写真は、あつた蓬莱軒公式ホームページから頂きました。蛍光灯のライティングと、夜の席ということであまりよい写真が撮れなかったというのは言い訳で、うまさに夢中で撮り忘れただけですが…)



# by hammocker | 2007-03-28 03:40 | のむ・たべる

タイのアイスクリーム売り。

バンコク。あの熱気と喧騒、通りに響く人々の笑い声、そして排ガスの匂い。すべてが懐かしく。トウキョウという街の温度に慣れることができず、人の体温をこれほどまでに自分が必要としていたことに少し驚く。同時にクルマに乗るたび、電車に乗るたびに今まで気づかなかった日本のインフラという目に見えない技術の高さに気づかされる。道路が平坦だ。電車が揺れない。実は先人の血の滲むような想いがそこには生きているのだということ。ものをひとつ買うにもすべて自分の意思表示から始まる世界に慣れていたカラダとココロが、声を持たないそういった想いに徐々に癒されていく。不思議なものだ。

子供の頃。田舎に帰ると夏はうだるように暑く、逃げ場のないものだった。クーラーのない季節は、あくまでも鮮明に夏の色を言うものを持っていた。色というよりは匂いか。いや、夏の色に違いない。

田舎の家業は和菓子屋であった。祖父の自慢は、大きなカキ氷の自動製造機とギヤマングラスでできた色とりどりの器であった。田舎のガキ相手にはそんな器の価値など分かるはずもないのだが、あくまでも祖父のこだわりというか和菓子屋のプライドであったのだろうか。その高価な器を、どんな人が注文しても使っていた。氷屋から届くおおきな氷を、アイスピックで器用に形を整え、カキ氷の機械へ据える。ブゥゥンと小さくうなりをあげながら、シャッシャッシャッと氷が回転しながらどんどん小さくなっていく。キラキラと光が部屋の中に反射する。どこまでも透明な光り。そしてギヤマンの器には、雪の山が見る見る間にできていく。手で軽く押し、形を整えながら山が大きくなっていく。じいちゃん、エベレストで頼むよと声がすると、祖父はさらに山を大きくしていく。ギリギリまで高くそびえたカキ氷を手にした少年の笑顔がパッと輝く。

外は蝉の鳴き声がいっそう大きくなり、うだるような熱気がアスファルトから立ちのぼる。道路の先からはゆらゆらと陽炎。カキ氷は、夏の強い日差しをキラキラと反射し輝いている。一口ほおばる。ガツンと脳天に響く冷たさ。続いて奥歯の方からキーンと冷えてくる。みるみる間に汗が引いていき、一瞬の涼しさを得る。今目の前にある夏の世界と自分の間に、透明な壁でも出来たかのような瞬間。そしてシロップの甘みがカラダに浸みわたっていく。

カラン、とスプーンがギヤマンの器の底をつく。そして夏の暑さからの一瞬の逃避行が終わる。あの頃の日本には、まだ原色の季節があった。そしてあの夏の色を、バンコクの町の片隅で見つけた。


暑さで犬も人ももう動けない。街からは朝の喧騒が消え、日陰へと消えている。誰もいなくなった街角にチリンチリンと鈴の音が近づいてくる。


アイスクリーム売りのおじさんだ。どこからか少女がやってきた。ひとつ5バーツ(20円)のココナツアイスクリーム。同時に音を聞きつけた男の子が、その少女をうらやましそうに見つめている。


「アイスクリーム!」「アイスクリーム!」兄弟は、声を張り上げてアピールし始める。もちろん日陰でテレビを見ているお父さんに向かって。だんだんと声が大きくなり、見ている僕は、おもわずアイスクリームを買ってあげようと思った瞬間だった。


ゴツン!ゴツン!と拳固が飛んだ。首根っこを持ち上げられて二つの小さな顔は窓の向こうに消えた。行き場を失った二つのアイスクリームを両手に持った僕は、さぞかし間抜けに見えたに違いない。カラダに染み渡る上品な甘みに、ミントがかすかに香るココナツアイス。ほのかに切ない味がした。
# by hammocker | 2007-03-28 02:46 | 旅行

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